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資料編纂室─分室3(“事件”の項目)

■■体育会系?■■
わたくし半信半疑だったのですが、
主人はやっぱり所謂“体育会系” だったというのは本当だったらしく、
資料編纂室の木箱の中に雑然と放り込まれている写真の中に
その証拠ともなるものが発見されます。
絵描きという人種が、それこそ「筆より重い物を持ったことがない」といわれるのが
どんな時代のことなのか解りませんが、
主人についてはそんな繊細なことは無縁のようです。
書記さんから伺った話で真偽は解りませんが、
なんと主人小学生の頃はプロ野球の選手になりたいと思っていたらしく、
それだけではなく、なれると思っていたというのです。
もしもなっていたとしたら、どんな奇矯な振る舞いで異端視されたことでしょうか。
部活にしても、中学で剣道部、高校でサッカー部、大学でラグビー部だったと聞いております。
ただ剣道にしても、3年生になって、初段の試験を受けに行って、主人だけが落ちたといいます。
試合では結構勝っていたらしいのですが、どうも構えからちょっとひねっていて、癖がかなりあったそうです。
こんな時期に正道から外れるのは御法度の筈、落とされるのも当然ですよね。
高校ではサッカーですが、本当はラグビーがやりたかったらしく、
生憎ラグビー部がなかつたので、仕方なくサツカー部にしたそうです。
真面目に練習もしていたそうですが、
昨今の日本でのサッカー熱で、TVで試合を観戦したりしていると、
「高校の時サツカーやってたんだけど、今こうして観ているとどうも良くサッカーって言うものが解ってなかったような気がする」
とおっしゃったりするのを聞くと、さもありなんと思ってしまうのです。
やっと大学でラグビーが出来ることになったのですが、
「おいおい、こんな時に球なんか追っかけてられないぞ」とおもいはじめて、
2年生でやめたそうです。“こんな時”というのが、果たして、画を描かなければという意味なのか、
大学闘争の真っ只中だという意味なのか、その辺のことははっきり致しませんが、
やめたのは
多分正解だと思います。
大学卒業後も サイクリング、シュノーケリング、スキーと機会があれば体を動かしていたようですが、
自堕落な生活から、それらのスポーツを継続してやっていくということはなかったようです。

この写真は大学でのラグビーの試合の後のスナップらしいのですが、
どう見ても勝ち試合とは思えません。
これも書記さんから伺った話ですが、
練習はそれこそ毎日あったそうで、今はもう無くなってしまった東京都美術館の横のグランドでだつたと、
グランドの金網越しに女子高校生なんかが練習を見物していて、体育会系には珍しい長髪だらけの部員にむかつて、
「格好いいーい!」と声を掛けるらしいのですが、それが本心ではなく、からかっているのが見え見えでムカッと来たらしいのです。
それに印象に残る試合は「東京農大vs藝大」。 スコアが90点台に対して藝大は一桁だったというのです。
相手はどんどんメンバーを落としていくのに、こちらは交代させるメンバーもいないのだと。
それでも試合が終わった後は馬鹿騒ぎの宴会なんていうところが、さすが藝大です。

この写真は何かというと、皇居一周マラソンだそうです。
ところがこの主催は新宿の伝説的飲み屋“でん八”。
それもこのマラソンの前日というか、夜中の3時までその店で飲んでいて、TAXIで帰って、
3時間程寝た後に皇居前に集合。
5~60人の参加があつたそうですが、皆さんヘロヘロ状態で、瀕死の形相。
勿論その後お店で宴会、よく死なないで生きているものでございます。
このお店では、夏は海に出掛けて潜っては宴会、冬はスキーに出掛けては宴会、
ゲレンデで飲み過ぎて滑って帰れなくなって、リフトに乗って下るというチョー珍しい人がいたとか、
藝大出身者が多いのにスポーツづいていたそうでございます。

この半裸の青年が主人だそうです。
ここは房総半島の館山で、サイクリングだそうです。
これが主人幾つの時か解らないのですが、写真から見る限りまだお腹は出ていないようです。
小さい時から自転車が好きだったようですが、
中でも代々木のデザイン学校まで1年間自転車で通っていたといいますから、
これにはビックリです。
約20?を最短で45分、これは凄い。
ロードレーサー で渋滞の車の間を縫って、ブッ飛ばすのが実に気分が良かったらしいのです。
何でも車に衝突したこと1回、自転車同士での衝突が2回、よく生きながらえているものです。
今ではほんのちょっとの外出でもすぐに車に乗ってしまうのですから想像出来ませんが、
五月商会の倉庫の奥の奥に埃をかぶったまま放って措かれている自転車が可哀想です。

わたくし別に体育会系になんの偏見もありませんが、
やっぱりすこし飽きっぽいと言えるのではないでしょうか。
どうぞ少しは歳と体のために、健康的な汗をかいて頂きたいものです。
今ではベツトリ脂汗か、冷や汗ぐらいしかかきそうもないですものね。 イヤハヤ。

資料編纂係 記(3/21)
■■これがあの?■■
わたくしの友人にも所謂“長髪”にしている人は何人かいます。
このところ不思議な写真が続々と発見されるのですが、
ロックグループじゃあるまいし、この写真はなんでございましょう。
書記さんにお尋ねして、初めてこの中央の人物が主人だと解ったぐらいで、
現在の五月商会でウダウダしている主人からはとうてい想像出来ない姿でございます。
写真をよく見てみると、3人の後ろに絵が架かっていて、
この絵柄には見覚えがあります。
最初の個展の作品です。


ということは、1973年の夏、主人23歳になる計算です。
ロッカーだけでなく、家を放棄して野外で過ごす人たちも同じようなヘヤースタイルですが、
こうして70年代の生写真として見直してみると、
時代というものがひしひしと伝わってくるものでございます。
イヤー、やっぱり恥ずかしすぎる。
これで格好良いと感じていた訳ですから・・・。
多分この髪から想像すると、下のパンツはベルボトムに違いなく、
裾が泥で汚れていたりするのがまた恥ずかしいーい。
(3/23)


■■嘗て五月商会の庭は■■
ここは一体どこの庭でしょう。段ボールの箱の中から発見した数枚の写真。
ただの更地のようにしか見えないこの場所が、五月商会の庭だと解るまで少し時間が掛かりました。
モノクロームの写真なので、芝生が敷き詰められているのか、
はたまたただの地面なのか定かではありませんが、
しかしどっちにしろ今の、園丁氏がギュウヅメに作っている庭の面影はどこにもありません。
一人半ズボンをはいている人物が映っていますが、
この人は園丁氏が言っていた、以前ここにいた庭師なのでしょうか ?
それとも4.50年昔の写真なのでしょうか。
今の様子と比べると、園丁氏の努力(?)とヴィジョン(?)が少しは窺われるというものでしょうか。


1枚目の写真をよく見てみると、人物の前に黒い袋が幾つか列んでいるようです。
わたくしが推測するに、
たぶん草取りを終えたばかりなのではないでしょうか。
5.6個袋があるところを見ると、かなりの量の雑草が生い茂っていたのではないか。

ということは草取りもまめにされていたとは言えないようです。
(3/22)


■■
ピーター・パンだった頃?■■

れはまたしても笑える一枚を発見しました。
[ピーター・パン]展のためにパンフレットが何枚か作られたようですが、その中に制作に関わった人たちの、未だ幼少の頃、つまりピーター・パンだった頃の写真を公開するというのがあつたらしく、なんとまぁー 恥ずかしい!
これはどう見ても中学生。大分トウのたったピーター・パンではありますワネ。

           *
この時には、展覧会のためのポスターを描いたと言うことですが、
そのポスターがここ資料編纂室にストックしてあります。
ピーター・パンが宙に浮いているのですが、その顔が結構老けているのが笑えます。
そういえば主人の混合技法の最初の個展の写真を見ましたが、
子供を描いているのに、何故か顔だけがませた老け顔のように見えてしまいます。このポスターも同時期の筈、
ということはヘタだったと言うことでしょうか ?
それとも混合技法という方法がそうさせてしまうのかしら?
あまり追求しない方が良いみたい(笑)

(11/12)


■■体内にカメラをのむ■■

書記の方の記されているのを見ても、主人は何か変わった趣味というか、性癖のようなものがあるのでしょうか。
倉庫の整理をしていると、アトリエに置かれているものとは別の意味で 奇妙なものが発見されます。
例えば写真にしても(勿論アルバムに整然と整理されているのではなく)、どうしてこんな写真があるのか、
理解に苦しむものが数多くあるのです。
この一枚は結構笑えるので公開しましょう。




 

 

 

 


主人 の話によると、この写真は胃カメラをのんでいるところだそうです。
1995年の12月から 、読売新聞の夕刊に久世光彦氏の連載小説「卑弥呼」が始まったらしいのですが、
主人がその挿画を担当することになり、連載は始めの予定を大幅に超えて、
一年3ヶ月に及んだそうです。他の雑誌などでもご一緒に仕事をされていたので、
原稿の上がりが、速いとはいえないと言うか、ハッキリ言って遅いと言うことは解っていたそうですが、
今日の何時までに入れないと紙面が出来ないと言うことが、何回かあったらしく、
とうとう200回を過ぎた頃、胃に痛みを感じて、病院で精密検査ということに至ったのですって。
これが初めての体験 。どうということもないだろうとタカを括っていたらしいのですが、
カメラが入っていく時の嘔吐感は如何ともしがたいらしく、出すまいと思っていてもオエッーオエッーと繰り返したそうです。
入院願望のある主人のことですから、
入院しながら新聞小説の挿画を描くというのがやってみたかったのかもしれません。(阿呆らし!)

検査の結果は、ポリープが出来ているものの軽い症状だと言うことで、
投薬のみで完治したんですって。
しかし何でこんな写真があるのでしょうか。
そこのところを尋ねてみると、看護婦さんに頼んで撮って貰った由。
看護婦さん、怪訝な表情ながら、ニヤニヤしながら撮したそうな・・・。
後日、プリントを手にとって、「さすがに恥ずかしかった!特にこの苦悶の表情がハズイ!」だそうです。
資料編纂係 記(9/12)

 

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